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連載
2016/06/21

利他性マーケティング① 水師裕

fukuhara
エシカル日本

 「利他性マーケティング」って何ですか?という質問をいただく機会や、もう少し話を聞かせて欲しいのですが、と興味を持って下さる方々が徐々に増えてきており恐縮している。

 利他性とは、自分にコスト(損失、犠牲)を生じさせて他者の利益向上を図ろうとする心理的・行動的傾向である。例えば、他者を助けたり、お互いに協力し合ったりするような思いやりの性質のことを言う。それがマーケティングとどのようにつながるのだろうか。

 利他性マーケティングとは、筆者が考案した考え方のことで、「消費者の利他的な性質を理解し、それに対応するマーケティング戦略を立案・実行すること」という意味である。これは企業や非営利組織などマーケティング主体者側についての利他性を基点としているのではなくて、あくまでも消費者側の利他性を基点としているところが重要である。つまり消費者が「社会にとって良いこと」に賛同する傾向を利他性の心理メカニズムから読み解いていこうとする姿勢を強調したい。

 心理学的な研究をひもといてみれば、少なくない人々が利他的に振舞うことが実証されている。人はなぜ人を助けるのだろう?人にはなぜそうした性質が備わったのだろう?…そうした疑問に取り組んできた心理学的な研究知見はマーケティングへの示唆を多様に提供してくれる。これに学ばない手はない。

 製品・サービスのコモディティ化が進み差別化しづらくなって価格競争に陥る。また、市場成熟化によってニーズが細かくなりすぎそれに過剰適応することで非効率な対応が常態化する。

 例えばそういった企業側の現代的な悩みを解決するための糸口が、「社会にとって良いこと」に賛同する消費者の価値観シフトにある。これはマーケティング文脈でいうフィリップ・コトラーの「マーケティング3.0」的な観点といえるが、消費者が世界をより良い場所にしようと考え始めているのは確かな傾向だ。そうした消費者の変化に対応することこそがコモディティ化や細分化しすぎたニーズ対応からの脱却を可能にするのである。

 マーケティングを特徴づける有名な言葉に「創造的適応」がある。創造的適応とは、市場にただ適応するだけではなく、創造的に適応するという意味を持つ。しかし考えてみればこれには矛盾が生じる。つまり相手にひたすら歩調を合わせるような意味を持つ「適応」と、新しいことを生み出す「創造」がどうにも相容れないからである。それにも関わらず創造的に適応することに挑むマーケティングの特徴に筆者は面白さを感じる。マーケティング実務に携わったことのある方には特にこのニュアンスをご理解いただけるのではないだろうか。

 こうしたマーケティングが持つ創造的適応の特性から鑑みると、利他性マーケティングは、消費者の利他性に対してマーケティング主体者が創造的に適応するという意味になる。これは言い換えればマーケティング主体者側も利他的にならざるを得ないということである。つまり自らの利他性を新たに創造しながらも、消費者の利他性に適応していかざるをえない。消費者の持つ利他性の心理メカニズムを深く理解すればするほど、マーケティング主体者の利他性は新たに創造され続けるのである。今私たちが生きる時代には利他性マーケティングが求められている。

すいし・ゆたか/クロス・マーケティンググループ クロスラボ主席研究員/筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程

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