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2016/08/31

利他性マーケティング③ 水師裕

fukuhara
エシカル日本

 生物進化の観点からは、なぜヒトが利他的に振舞うようになったのかについての仮説が提出されている。

 その中でも血縁淘汰の考え方によれば、ヒトは非血縁関係よりも血縁関係にある固体に対して利他的であるという。これは血縁関係にある他の固体を生存させることが自らの遺伝子を後世に残すことにつながるからである。

 一方で、ヒトは血縁関係にない固体に対しても利他的に振舞うことができる。これは互恵的利他性と呼ばれるもので、助けられたら助け返す、裏切られたら裏切り返すというような「お互い様」の返報性である。自分の利他的行動が相手からの返報を受け結果としてお互いが利他的行動をすれば、長い目でみると環境への高い適応を示すのである。つまり互恵的利他性という特性と関係のある遺伝子が生き残ることにつながる。互恵的利他性(お互い様の返報性)は、二者間におけるある程度の長い付き合いを前提として成立する。やられたらやり返すことは、一度限りの出会いでは不可能だからである。

 しかしながら、一度限りの出会いの状況においてもヒトは他者に対して利他的に振舞うことができる。これを説明するのが間接互恵性(情けは人のためならず)の原理である。間接互恵性では、ヒトが見ず知らずの他者に対して利他的に振舞うのは、自らの評判を獲得するためであると説明される。自らの利他的行動への報酬がめぐりめぐって自分の評判として返ってくるのである。

 利他的行動をするヒトは他者からの評判を獲得することで困ったときに助けてもらいやすくなる。つまり間接互恵性は、生物としてのヒトの生存確率を高める適応的な対応といえる。評判を媒介としながらお互いに助け合う集団は集団としても存続しやすいと考えられる。想像でしかないが、狩猟時代に獲物を取れなかった者に分け与える性質を持つヒトの多い集団は集団として生き残りやすかったのだろう。

 ヒトは自分の評判に対して敏感にできているらしい。ある実験で、実験参加者が他の実験参加者に対して金銭を配分するようなゲームを行ってもらい(金銭の配分は利他的行動と捉えられる)、ゲーム中に「目の絵」を提示された実験参加者で配分する金額が多くなったという。この目の絵をロボットの目にしたり、単なる丸のような図形で提示したりするだけでもその効果はみられた。これは単なる目の絵のようなものが第三者の存在を実験参加者に喚起させ、評判への反応を高めたものと推察される。ここで示唆されるのは、必ずしも評判の獲得は意識的なものではないということである。むしろ非意識的ともいえる自動処理的な認知メカニズムに関係している。

 環境や社会に配慮された利他的消費の促進、あるいはそのような消費性向をもつ顧客への適応に寄与することがいまマーケティングに求められている。物事を望む方向に動かす装置をマーケティングと呼べば、利他性マーケティングは、こうしたヒトの利他的基盤を喚起させ物事を望む方向に動かす装置である。利他性マーケティングの基本姿勢は、力ずくでの説得ではなく、間接互恵性が自動的に作動するような、知らず知らずのうちに消費者が利他的に振舞ってしまう「場」そのものの構築を志向している点にある。そして、利他的な「場」の構築をするためのヒントは、生物進化的な利他性の原理の中に隠されている。

すいし・ゆたか/クロス・マーケティンググループ クロスラボ主席研究員/筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程

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