昨年９月、「国連会議で各国トップにゴミ料理が振る舞われる」という見出しに目が留まった。それは、世界30カ国の首脳らが集まり、仏パリで開催された国連気候変動枠組み条約の第21回締約国会議（COP21）の事前会議での出来事。
　食品廃棄物が、世界的な気候変動に影響を与えていることを知ってもらおうと、本来なら廃棄処分されるはずだった材料のみを使ったランチが振る舞われた。メニューは、野菜類の絞りかすを原料とするベジタブルバーガーと、米国で家畜の飼料やバイオ燃料として使用されているトウモロコシから作られた「コーンフライ」。国連の統計によると、世界の農業用地約28％で生産されている農産物は、活用されず、単に無駄になっており、その損失は、気候変動の要因となる二酸化炭素約33億㌧の排出に相当するのだとか。
　このランチを仕掛けた料理人が、今回の記事の主役、“シェフ・アクティビスト”として知られる、ダン・バーバー（Dan Barber）だ 。ニューヨーク郊外の「食と農業のためのストーンバーンズ・センター（Stone Barns Center for Food and Agriculture）」の中にある、ミシュラン三ツ星レストラン、 ブルーヒル (Blue Hill)のオーナーシェフである。　
　２００９年『TIME』誌の「世界で最も影響力のある１００人」にも選出され、料理界のアカデミー賞と呼ばれるジェームズ・ビアード財団の「米国トップシェフ」にも選ばれている。彼のお店には、オバマ大統領夫妻もお忍びで通っているという噂も。
　実は私も10年前ほど前、訪れたことがある。セントラルステーションから電車で１時間くらいの郊外。広大な敷地に、サステナブルに運営されているファームや洗練されたショップ、カフェ、レストラン。子供たちの食育イベントも活発に開催されていた。レストランの美味しさに感動し、このセンターの運営フィロソフィーに共感し、日本にもいつかこんな素敵な場所が生まれますようにと願いながら、その場を後にした。

  その後、時を経て、再び彼に出会う。13年にNHKのTV番組「スーパー・プレゼンテーション」でオンエアされた、彼のTEDトーク「魚と恋に落ちた僕」で。見逃した人は、TEDのオフィシャルサイトを探して、ぜひ彼のプレゼンテーションを見てほしい。
　世界の海が森林同様に荒らされ、マグロ、サケ、メカジキなど大型魚が乱獲され、90％が消滅。ほぼ絶滅状態である現状を危惧し、スペイン南西部にある、生物学者であるミゲール・メディアルデア氏が創り上げた「世界で最も環境に優しい、魚に餌をやらない画期的な養魚場」を紹介している。（この養魚場の魚は、驚くほど美味しいらしい。）
　そして、去年の秋、このスペインの養魚場「ヴェタ・ラ・パルマ」のことも詳しく書いている彼の本『食の未来のためのフィールドノート「第三の皿」をめざして』上・下巻が日本でも翻訳・出版された。上巻は、土と大地、下巻は、海と種子が主題。これが実に面白い。究極の美味しさを追求した一流シェフが、美味しい食材がどこにあるかを探し、なぜその食材が美味しいのか生産者に学ぶうちに、結果的にエコロジストになった。
　なぜなら、味が豊かで、健康的な食材を作る生産者は皆、自然の生態系を熟知した、生き物の微細な相互作用や関係性を理解している人たちだったから。自然の生態系が破壊されるということは、美味しい食材がこの世から無くなっていくということ。その危機感から、彼は積極的に世間に物申す“シェフ・アクティビスト”となった。
　では、我が国では？　世界に誇る食文化を持つ日本。食材にこだわる素晴らしい料理人はたくさんいる。が、彼のようなシェフ・アクティビストはいるのだろうか？？？

○   米国NY郊外の「食と農業のためのストーンバーンズ・センター

（Stone Barns Center for Food and Agriculture）

https://www.stonebarnscenter.org

○   ダン・バーバーののレストラン、 ブルーヒル (Blue Hill)

https://www.bluehillfarm.com

○   NHKのTV番組「スーパー・プレゼンテーション」でオンエアされた、彼のTEDトーク「魚と恋に落ちた僕」はこちらで見ることができます！

https://www.ted.com/talks/dan_barber_how_i_fell_in_love_with_a_fish?language=ja

 写真は上から、『食の未来のためのフィールドノート「第三の皿」をめざして』上・下巻、ダン・バーバーのレストラン、ブルーヒル (Blue Hill) のオフィシャルサイトより

はやし・たみこ／NPO法人ソーシャル コンシェルジュ／SHOKAYジャパンオフィス　代表

環境新聞２０１６年２月１０日付掲載

 環境新聞２月１０日付掲載