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連載
2016/10/28

利他性マーケティング⑤ 水師裕

fukuhara
エシカル日本

  最終回となる今回は、これまでの内容をふまえ、利他性マーケティングの意義と重要性についてお伝えしたい。当コラムを読んで下さった皆様、ならびに執筆の機会を提供して下さった環境新聞社様に対して、この場をお借りして心よりお礼申し上げる次第である。

   「利他性」とは、自分がコストを負担して他者に利益を与える心理的傾向のことをいう。我々の身の回りには、寄付、ボランティア、交通機関での席の譲り合い、面識のない他者から道を聞かれて教えるというように、様々な利他的行動が存在する。さらには、ネガティブな例ではあるが、「振り込め詐欺」「やりがい搾取」など、利他性につけこんだ被害も後を絶たない。これらの現象から分かる通り、ヒトは思わず他者を助けてしまう非合理な本能を持っている。非合理というのは、損得計算(合理性)だけでは割に合わない、というほどの意味である。

 利他性は、生物進化や心理学の観点から科学的に検討されてきた。例えば、ヒトの進化の過程において、助け合う性質を持つことが集団としての生存に有利であったために利他的な性質を持つ集団が結果として生存してきたことが指摘されている。また身近な状況においても、どのような条件でヒトは利他的行動をするのかといった点が検討されている。これらの知見を参照しながらヒトの利他的な性質を洞察し、この性質に適応するマーケティング戦略を立案・ 実行するという考え方が「利他性マーケティング」である。

 例えば企業活動においては、自社の企業ブランディングや商品政策に関して顧客の利他的な性質に適応する利他性マーケティングを展開することが可能である。成熟市場における製品コモディティ化の時代にあっては、品質や性能といった基本的な価値づくりの努力だけでなく、ヒトの持つ本能に訴えかけるアプローチが必要となる。この意味で、「利他性という本能」へのアプローチが突破口になりうる。ヒトは誰でもが無人島のロビンソン・クルーソーのように一人だけで生存できるわけではない。生存するという目的に照らせば、他者を助け、また他者から助けてもらうという関係をヒトが望むのは生存本能によるものなのだろう。自社の顧客がどのような利他性に関する欠乏や希望を持っているのかを洞察し、それにいかにして適応するかという点に利他性マーケティングの核心がある。

 現在、我が国では地域社会や家族といった中間共同体の解体が進んでいる。これは一面では、お互いが助け合う利他的な基盤としてのセーフティネットの解体を意味する。つまり、個人が孤立し社会に対してむき出しに露出される状態である。これは、これまで中間共同体に吸収されていた人生の失敗や貧困などがそのまま社会にこぼれ落ちることを促す。こうした状況を思い浮かべながら、利他的な基盤を求める本能的な欲求がヒトに埋め込まれていることを考え合わせてみよう。利他性の本能に対してマーケティング的なアプローチをするという行為には、現代社会の問題解決を通じた事業機会の可能性が広がっていることが見えてくるはずだ。

 利他的な社会基盤の新たな形成、ならびに孤立した「個」を再び結びなおすことに寄与することこそが利他性マーケティングの最終的な目的となる。社会をよりよい場所にすることを通じて、自社の利益を得るという企業経営本来のあり方と、利他性マーケティングの目的が適合的であることは言うまでもない。(終)

すいし・ゆたか/クロス・マーケティンググループ クロスラボ主席研究員/筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程

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